これはマックスがまだ6ヶ月にもならない頃のお話です。
今日は、バスに乗って景色の良いところまで行き、そこから湖沿いを散歩しようと、目当てのバス亭を降りて歩き始めました。
私の犬の指南本には、あなたの愛犬が今日も最高に楽しい経験をしたと思えるよう、飼い主さんは想像力を発揮してワクワクする散歩の機会を与えましょう、とあります。
本来ならそんな犬との時間を充実したと感じるのが、犬を飼う醍醐味なのでしょう。
そんな心の余裕は、毛頭なく、この頃は私もマックスもともに、毎日が訓練でした。
私は新米飼い主で、散歩コースのレパートリーも少なく、初めての道は気がはります。引っ越して来て一年もたっていなかったので、それほどこの地域を知らなかったし、方向感覚が非常に優れていないので、まず迷わないようにと緊張。
道の広さは適切か。自転車やジョギング中の人にも注意を払います。犬のフン用のビニール袋やゴミ箱の設置場所、などの情報収集をします。
大きな犬とすれ違うとき怖いなあとか、子供たちに囲まれたらどうその場をさばこうか。
様々な状況に四苦八苦中でした。
飼い主の気分は、テレパシーのように犬に伝わってしまうので、私が不安でいれば、マックスもなんだか緊張している様子になってしまいます。
そんなこんなで、「マックス、今日は視界が良くて、遠くの山々がくっきり見えるね。」なんて言葉が口からでる余裕はありませんでした。
その頃のマックスは、たまにですが、室内やテラスでトイレをしてしまったり、夜中や早朝にトイレに行きたくなってしまう時もありました。
お腹を壊したり、吐いてしまったりと幼犬なので体調もくずしやすかったころです。
いつでも私のそばにいたがります。フラウビショフは家事もおちおちしてられないと困ったものでした。犬の教育的にもこの状況を改善しなくてはならないと悩んだりしました。
今思い出すと、子供だったのだから当たり前だよな、と笑って言えます。
まだ、私の左側についてリードがゆるんだ状態で歩くことなどもできていない段階で、お互い散歩でさえも疲れるものでした。
犬を飼うって、想像していたのとかなり違いました。私の散歩のお供くらいにしか考えていなかったのでしょうね。
さて、飼い主同士は、すれ違う時はだいだい挨拶を交わします。その行為が自然に行われると、犬同士も安心するのでしょう。
そうではないわんこもたくさんいるとは思いますが。はい、マックスも怖がりなので、向こう側から来る犬に吠えてしまうタイプです。
いつも会う飼い主さんなら、「お元気ですか。」と一言二言話す場合もありますし、お話好きな方だったりするとちょっとが会話が広がったりするときもあります。
当初の私は情報が欲しかったので、散歩の途中であった飼い主さんに自分の困っていることをすがる思いで質問をしたものです。
「いつごろトイレの失敗がなくなりましたか。」「どんな餌をあげていますか。」「お留守番トレーニングは、どうしてますか。」
湖沿いの散歩道に、マックスと同じミニュチュアプードルを連れているドイツ人のご婦人がいました。
「プードルですね。何歳ですか。名前は何ですか。」から始まって、マダムの犬もまだ幼犬だったので、どう入手したのかなどを話しました。
ご婦人は、犬を飼う経験があるかたのようで、余裕がみられました。
「私、初めて犬を飼った新米飼い主なんです。犬の世話がこんなに大変だなんて思いませんでした。」と思わずぼやいてしまいました。
するとマダムは、さらりとおっしゃいました。「愛はタダじゃないのよ。あなたは、たくさんの愛を犬からもらっているでしょ。」名言です。
マックスのおかげで、どれだけフラウビショフの生活に彩りがもたらされているか。マックスを飼うことで自分の限界が広がったり、いろいろな気付きがあります。
ほんとうに愛くるしくて、彼の存在自体が愛であり、頼りない新米ママを大好きでいてくれているではないですか。この時から、犬育てに行き詰った時、マダムの言葉を思い返すフラウビショフなのでした。
読んで頂いたあなたにも愛を!